私が扱った事件で、かわった事件として印象に残っている事件としては「死者から慰謝料をとった」というのがあります。
といっても、もちろん、死者を相手に訴訟をしたわけではありません。
事案の概略は、夫婦として子宝に恵まれなかったものの20年以上暮らしていたところ、実は、夫に愛人がいて、愛人との関係はやはり20年程度続いていて、愛人との間に18歳になる隠し子までいたという事案です。
夫が事故で死亡し、夫の愛人の子供が、死後認知の訴訟を検察官を被告として提起し、請求認容の判決が確定したところで、2分の1の財産分与を求めて調停の申立をしてきました。
私は妻の代理人でしたが、夫の愛人の子を被告として慰謝料請求訴訟を提起しました。
夫は、妻に隠れて20年程度の長期間にわたり不貞関係を続けてきた、よって、妻は夫に対し慰謝料請求権をもっていた、夫の死亡によって、夫名義の預金や株式などの財産の財産分与は調停で分割するのはやむを得ないとしても、夫の債務は、死亡とともに、妻と愛人の子が、2分の1ずつ相続しているから、夫が生きていたと仮定した場合の2分の1の慰謝料を支払えとの理由です。
夫の財産は、億を優にこえるものでした。
具体的金額は、妻の夫に対して請求できる慰謝料は2000万円、夫の愛人の子は、夫の債務を2分の1相続したから1000万円を支払えとの訴訟でした。
妻は、多忙を極める仕事についていて、夫に愛人のいること、ましてや隠し子までいるということを本当に知らなかったようでした。
結婚後間もないころから20年程度の不貞、18歳の隠し子までいるということを考えれば、夫が死亡しておらず、妻が夫に慰謝料支払いを求めた場合、不貞の態様としては、最も悪質な部類に入り、また、夫の財産も億を優にこえていますから、資力の点からしても、相当高額の慰謝料が支払われるべき事案です。
また、妻は、夫が事故で死亡し、夫の愛人の子が、「私は○○の子供です。○○は、さきほど事故で死亡しました」という突然の電話を受け、夫の死亡と、夫の結婚直後からの不貞を同時に知るという、見ていて、気の毒を絵にかいたような事情もありました。
裁判官は、最初のうちは「この訴訟は、いったい何ですか」と聞いてきたほどでしたが、理論的に問題はないはずですし、現実に、証拠調べの上で、満額1000万円の勝訴判決をもらいました。
裁判官としても、夫の隠し子が、億近い財産を相続できるのだから、1000万円くらい減ったところで問題はないであろうという心理が働いたと思います。
夫の隠し子の代理人も、長期化しても仕方がない、一刻も早く相続財産をもらおうということだと思うのですが、控訴をしないまま確定しました。
ちょっとした思いつきだと思いますが、私とともに事件をしていた弁護士は、全く考えつかなかったそうです。
実質的に考えて、死んだ人から慰謝料をとろうという訴訟ですから。
また、相手方弁護士が驚いたことはもちろん、裁判官も、最初のうちは「おかしな訴訟」と考えていたことが、はっきり見て取れました。
また、2000万円という高額の不貞の慰謝料は破格のものだと思います。
未だに、本当に請求権はあったんだろうか、認容額は妥当だったんだろうかと思っている事件です。